伊藤計劃の後におすすめする現代の海外SF

id:orange21*1という人生の先輩に本を貸すために会ってついでにファミレスで相互にオススメの作家とか作品をあーだこーだ言い合ってたのですが、彼にお前のオススメ忘れたから書けとTwitterで連日脅迫されたので書きます。
彼は伊藤計劃虐殺器官とハーモニーを読んでから、SFをひたすら読んでいるのですが、古典が中心なので現代のSFのオススメを知りたいとのこと。最近、100冊読んだとのことで記事をあげてました。こちらです。
SF100冊読みました。 - orange21 document
有言実行、えらい。僕が貸したのも含まれていて、グレッグ・イーガンの「プランク・ダイヴ」とチャールズ・ストロスの「アッチェレランド」ですが、この2つも含めますね。

とりあえず既存のリソース

「虐殺器官」の次にはどんな本を読んだらいいだろう? - 万来堂日記3rd(仮)
ほとんどオススメしたいって思うものが上記のエントリにあるのでまずはこちらを参照。ということで、このエントリでは海外SFの話にします。

テッド・チャングレッグ・イーガン

伊藤計劃の作品では人間の意識(とそれを発生させる器官としての脳)が作品の重要なパーツとして扱われています。意識の問題を扱う作品を発表しているという意味でまずオススメしたいのは、現代SF作家の双璧、グレッグ・イーガンテッド・チャン。彼らはふたりとも意識に関する作品を数多く発表してます。

テッド・チャン

先に彼をおすすめするのは、リーダビリティが圧倒的に優れているから。そして日本で出ているのはこの一冊の短篇集だけ。薦めるのにも全く困りません。表題作は時間の概念を持たない異星人の言語を調べる言語学者が主人公で、その異星人の言語体系とそこから明かされる彼らの意識の構造を読み解かれていくのと同時に、実は言語学者自身の人生も変わってしまうという言語SF。
チャンの短編はどれも短いにも関わらず、内容が沢山詰まっていて、あるべきところにあるものがあり、どこにも無駄がないという完璧な構成になっています。また、表題作のようにアイデアと語りが分かち難く結びつき合っている作品も多いです。お話の出来の良さはSF作家随一。SFにはアイデアへの驚きを求めるけども、チャンの作品はそれだけではなく、そのアイデアの作品への組み込み方にも驚きがあり、結果として他の作家では得難い、いわゆるピースがハマった読後感が得られます。
最終弁当氏の書評がこちら。
[書評]あなたの人生の物語(テッド・チャン): 極東ブログ
本を読み終わったら、こちらの各種インタビューもどうぞ。
http://speculativejapan.net/?p=129
テッド・チャン インタビュー [2010.07] "On Writing" : 族長の初夏
テッド・チャン・インタビュー 前編 - P.E.S.
■ - P.E.S.

グレッグ・イーガン

テッド・チャンと違って長編・短編とも多い現代SF作家。意識については誰よりも多く書いているのかもしれない*2。長編に関しては長さ故に読むのが大変な面があるので、イーガンもやはり短篇集がおすすめです。その中で最初の一冊を選ぶなら「しあわせの理由」かなと思います。

しあわせの理由 (ハヤカワ文庫SF)
グレッグ イーガン
早川書房
売り上げランキング: 134359
これをおすすめするのは、僕の今まで読んだイーガンの著作の中で一番表題作が刺さった作品だから。「しあわせの理由」はその名の通り、しあわせに脳的観点から理由があったという人間の話で、しあわせを感じる化学物質とそれに対応する受容体が脳内にはあるのだけど、つまりしあわせってのは脳の受容体にそーいう物質をぶち込めばいいよね、じゃあしあわせって何?と細木数子の番組みたいになる、というお話です。
意識を扱った作品の多さでは「ひとりっ子」の方が多いし、質もとても高いのだけど、表題作が個人的に気に入ってるし、扱っている作品の守備範囲の広さ、バランスの良さ的にこちらがおすすめです。
別に長編でも苦でないよって人にはディアスポラが一押しです。

人類と宇宙の究極の運命を描く、驚異のハードSF
30世紀、人類のほとんどは肉体を捨て、人格や記憶をソフトウェア化して、コンピュータ内の仮想現実都市で暮らしていた。《コニシ》ポリスでソフトウェアから生まれた孤児ヤチマの驚くべき冒険譚をはじめ、人類を襲う未曾有の危機、人類の企てた壮大な宇宙進出計画《ディアスポラ》などを描く、究極のハードSF
http://www.hayakawa-online.co.jp/product/books/11531.html

順列都市のほうが有名かなと思うんですが、こちらのほうが一冊で済むし話題がとっ散らかってない印象。話のオチもきれい。さらに、主人公のヤチマがイーガン作品中で最も感情移入しやすい*3というところもポイント。感情移入というよりはキャラクター萌えかなとも思うんですが、そういうキャラクターが居ると読みやすいですよね。
冒頭にヤチマ生成イベントが*4あるんですけど、仮想空間に於ける人格の発生をこと細かに描写していて大変面白いです。昔のSF作家はこの辺をすっ飛ばすんですけど、イーガンはプログラムをステップ実行するようにそれぞれの命令、動作を書いていくので、すごくリアリティがあるんですね。
ここまで書いてて過去にディアスポラの感想を書いたのを思い出したのでよかったらどうぞ。ヤチマ誕生の描写鬱陶しいと書いてて今と言うこと矛盾している……まぁいいか。
ディアスポラ - ゆうれいパジャマ
上記エントリにもあるのですが最新のものが読みたい場合は、ディアスポラに組み込まれた「ワンの絨毯」中篇が含まれた日本語訳最新短篇集の「プランク・ダイヴ」です。冒頭でオレンジ氏に貸したやつですね。表題作が、

プランク・スケールでの時空構造の細部が知りたいなぁ→そうだ!ブラックホールに入ろう!

というもので、ヒャッハー!感があって大変良いです。ハードSFってこういうものと知るのに一番いいサンプルだと思います。以下のシノハラユウキ氏のブログのエントリに全部紹介されているので気になる方は是非。
グレッグ・イーガン『プランク・ダイブ』 - logical cypher scape

チャールズ・ストロス

今をときめくイギリスのSF作家と言えばチャイナ・ミエヴィル氏なんですが、ハードSFだったらチャールズ・ストロスの方をおすすめしたいです。こちらは自分が薦めたいから薦める作家。伊藤計劃との共通点で言えばWebと近い作家とでも言いましょうか。「アッチェレランド」はそんなWebの発展した近未来*5からコンピュータにアップロードされた人類が宇宙人と邂逅する未来まで連れて行かれてしまう作品です。

ローカス賞受賞〉ギブスンの鮮烈×クラークの思弁! 英国SF新世代の旗手が描出する、〈特異点〉を越えた人類の姿。解説:小飼弾

ようこそ、変容と狂騒の21世紀へ!
時は、21世紀の初頭。マンフレッド・マックスは、行く先々で見知らぬ誰かにオリジナルなアイデアを無償で提供し、富を授けていく恵与経済(アガルミクス)の実践者。彼のヘッドアップ・ディスプレイの片隅では、複数の接続チャネルが常時、情報洪水を投げかけている。ある日、マンフレッドは立ち寄ったアムステルダムで、予期せぬ接触を受けた。元KGBのAIが亡命の支援を要請しているが、どうやらその正体は学名パヌリルス・インテルルプトゥス――ロブスターのアップロードらしい。人類圏が〈特異点(シンギュラリティ)〉を迎える前に隔絶された避難所へと泳ぎ去りたいというのだが……。この突飛な申し出に、マンフレッドの拡張大脳皮質(メタコルテックス)が導き出した答えは……
特異点(シンギュラリティ)〉を迎えた有り得べき21世紀を舞台に、人類の加速していく進化を、マックス家三代にわたる一大年代記として描いた新世代のサイバーパンク
http://www.hayakawa-online.co.jp/product/books/124712.html

解説のダンコガイ氏のブログエントリがこちら。
404 Blog Not Found:サイバーパンク2.0、まさかの訳出! - 書評 - アッチェレランド
最初のうちはソフトウェアエンジニアリングに触れたことがある人、もしくは普通に情報技術を使いこなして今を生きている人ならあー知ってる知ってるってテクノロジー*6がたくさん出てきて、ちょっとそれらが進歩し、ギークな世界になっているという状況で、拡張大脳皮質やらダイソン球とかの話が出てきてより未来に行くと思ってたら、法律文書で自己書き換え型企業機構群を規定して、会社自体がチューリング完全を満たす*7ことで年季労働者を奴隷契約するという企業を作って未成年をその企業の年季労働者にして親の虐待から逃れるみたいな話が出てきて、なんじゃこりゃぁ?!と思ったら木星圏の環に帝国が出来て女帝が誕生し、アップロードされた人類は恒星間探査をして人類以外の文明と出会います。
話の流れのスピードの速さと張られた伏線の多さに頭がついていかなくなりそうになるものの、あまりのスピード感で読みなおす時もついつい一気読みしてしまう。SFのジャンルで言うとサイバーパンクとか宇宙開発とか異種知性とかポストシンギュラリティとかになるんだけど、こんなに壮大な話なのに、マックス家の話でしかないところもイギリスのひねくれた小説らしくてバカバカしさが出ていい感じです。

まとめ

伊藤計劃後」ってつけるまでもないというか、単純に自分の好きなSF作家3人の中でも一番好きでかつ読みやすいものをあげたって感じになりました。個人的な視点での彼らの共通点と言えば、読み終わるとなにがしかの価値観をひっくり返されたみたいな気分になるってところ。
SFを読む楽しさのひとつに今の自分の思考や価値観では想像も付かない世界に連れて行ってくれることがあると思っているのですが、彼らはみんな途方も無く遠くに連れて行ってくれるので、フィクションの世界まで現実を見たくない人におすすめです*8

*1:http://orange21.hatenablog.com/

*2:てきとー言ってます

*3:もちろん当社比

*4:非セックス

*5:グーグル眼鏡的デバイスが出てくる

*6:WiMax遺伝的アルゴリズムWindowsNTベイズ推定

*7:自分で書いてて意味掴んでない

*8:たまにより深刻な問題を突きつけてきて裏切られます