編み目を理解せずに編めてしまうこと

最近編んでないけどニット結構好きで、たまにやる。いろんな編み方のカタログがあってそれをテキトーにピックアップして編んでくと形ができていく流れがとてもおもしろい。編み目という最小の単位を組み合わせていくという意味ではブロックを積むようなのだけど、曲面とかを作るときはブロック以上の自由度、もちろん編み目を繋ぎ合わせていくという制約があるからブロックのようにはいかないんだけど。
立体という意味では作れるものはとても平面的に見える(編み図も平面で描かれる)し、立体物を作るときには平面を組み合わせていくので基本は平面なのだが、編み目自体は立体的なもので、平面もまた立体で構成されている。だから編み目ってややこしくって表と裏以上のなにかがあって本当に頭がこんがらがる。そして最も面白いポイントがここなのだけど、編み目の立体構造を把握しなくても手順を知っていれば編み目を作れてしまうのだ。
中国語の部屋という思考実験があって詳しくはWikipedia参照なのだが、ちょうどこれと似ている。
中国語の部屋 - Wikipedia
つまり編み目を理解せずに編み図を見て編む人というのは、中国語の部屋に入っているイギリス人と同じになる。理解していないけど出来てしまう。つまり多くのニッターは編み図というプログラムを解釈するインタプリタでしかないのかもしれない。インタプリタ自体が自分自身を走らせている論理回路を知る必要がないのと同じで、編み物を作るのに編み目を理解する必要はないのだ。