2014年(ぐらい)に読んだSFの話をする。全体として新作はあんまり読んでなくて、過去の遺産に分け入った年だった。過去の名作とされているものを読んで、この作家はそうでもない、この作家はすごいって腑分けしていく作業だった。
2014年当たりだった大御所
そんな作業の中で当たりの大御所がスタニスワフ・レム。「ソラリス」だけ読んであんまり合わないなって放置してたのを本気で後悔した。レムはid:ilikebettyが好きなSF作家でずっと押されていたので、大学の図書館が使えるから読んでみるかと夏に読んだら、ドハマりした。夏に読んだのは「虚数」と「大失敗」で、本当に面白かった。発表された年代が昔なのに、イーガンと同時代のハードSFのように読んだ。イーガン並に徹底した知性で殴ってくるんだけど、話の構成はイーガンよりもうまくて無駄に感じるところはほぼない。完璧なSFがあるとしたらこれだなという印象。また、レムの人間の描き方は皮肉がたっぷりつめ込まれた斜め上視線がお話全体からは見えるんだけど、直接的にはそのような描写はないぐらいのバランスが取られてて、こやつめハハハみたいな感あり、大変好み。スーパーうまくて厳密なほら話をする人だと思う。
虚数
ビット文学の歴史、未来言語による百科事典、細菌の未来学、コンピュータGOLEMの講義録など、〈実在しない書物〉の序文を収録。フィクションの新たな可能性を切り開いたレムが到達した文学の極北。
http://www.kokusho.co.jp/np/isbn/9784336035936/
虚数は「知性」の話で知性ってどういう尺度で捉えられるか、測れるかを延々と題材を変えて追求していく。これは知性なのかどうなのか?知性が高いってなんのか?みたいな話を、〈実在しない書物〉の序文でしていく。コンピュータであるGOLEMの講義録までの序文は、全体が知性の話だと思い当たらないぐらいに、毛色の違うそれぞれ魅力的な話を軽やかに描かれている。そして最後に、人間の知性を超えたっぽいすごいコンピュータであるGOLEMさんが、人間に対して人間を超える知性ってのはどういうものかを講義しだして、結論、お前らにはわかんねーよ、で終わる。お前らには分からないということを色々な方向から説明することで、トドメを差してくるのが最高だった。
詳しい書評は山形浩生先生が書いてるのでこちらを読んで。
CUT 1999/03
大失敗
任務に失敗し自らをガラス固化した飛行士パルヴィスは、22世紀に蘇生して太陽系外惑星との遭遇任務に再び志願する。不可避の大失敗を予感しつつ新たな出発をする「人間」を神話的に捉えた最後の長篇。
http://www.kokusho.co.jp/np/isbn/9784336045027/
レムといえばファーストコンタクト物らしいのだが、最後の長編もファーストコンタクト物。異種知性と出会うわけだが、タイトル通りの結論が待っている。大失敗はただの失敗では大はつかない。失敗が繰り返されて、最後にとてつもない失敗へと至るから大失敗なんだけど、ただ失敗が繰り返されるというのではなく、ある失敗をカバーするための方策が失敗することで大失敗になっていく。まぁ、それだけなら普通の小説だが、その失敗は人類の知性の限界から創りだされた物である、という説明がなされる当たり、超レムっぽく感じて最高だった。さらに面白いのは、ファーストコンタクトのために宇宙船に乗っている人間たちは、人間と対話可能なコンピュータを異種知性として捉えてオブザーバーにするんだけど、オブザーバーとして人間と対話可能な知性というのは、人間知性の範疇でしかないという限界があり、それゆえに失敗したのだとコンピュータに語らせたりすること。知性とコミュニケーションの限界を描き出した小説だと思う。
読んでる時と直後の感想
「虚数」と「大失敗」を読んでる時の僕のTwitterこんな感じでした。
レムの虚数、ひとつひとつの短編の破壊力凄過ぎてヤバい。全体的にテッドチャンのサイエンスかネイチャーに寄稿した短編の雰囲気だ。時系列的に逆に捉えるべきだと思うけど笑
虚数のGOLEMによる講義、読むのに時間かかってるんだけど、面白くないわけではなく、また理解の出来なさレベルでは白熱光よりもマシで、ちょうどいい塩梅。こんなホラ話されたらたまらんわ
虚数。ようやくGOLEMの最終講義とあとがきを読み終わった。あらゆる方向にバーカて言ってて最高だった。そーいう悪意を想像してしまうお前らてバカだよね的な構造になってるのも完璧。
レムの大失敗、超面白いんだけど眠くなって一気に読めない。イーガンの白熱光もそうだったし、誘眠度が高い本ってのがありそうだ
大失敗ようやく半分読んだが、これしあさっての返却日までに読み切れるんだろうか。あ、読めば読むほど面白くなっております
ようやくレムの大失敗読み終わった。後半は怒涛の展開であんまり眠くならずに読み切れて、ファーストコンタクトもの、異種知性ものとして最高に楽しかった
2014年以外に読んだのも混ざるが僕としてははずれだった大御所達
大御所って僕には大抵外れで、クラークはけっこう読んだけど、いろんなひとがクラークが書いたことをより面白く書いてるからう〜んって感じあるし、神秘主義的なところがあんまり合わなかった。アシモフは「鋼鉄都市」だけ*1なんだが、まぁ古いよねだし、ハインラインは最高傑作となっている「月は無慈悲な夜の女王」を読んで、なんだこのコンピュータ最強伝説は!ってエンジニアとしてブチ切れそうになった。ブラッドベリは「華氏451度」と「火星年代記」を読んだんだけど、感傷的過ぎるし技術に対して後ろ向き過ぎてまったく合わず、投げ捨てたかったがKindleだったので出来なかった。ディックは虚実入り混じる系は時代が変わっても普遍だからいいですよねって感じでこちらも同じく好みではなかった。
楽しいSF
上記のような苦行をしつつ、凡人なので合間に普通に自分の好きなSFを読んで中和していた。
ピーター・ワッツ「ブラインドサイト」
【星雲賞受賞】突如、地球を包囲した65536個の流星。その正体は異星の探査機だった――偽りの“理想郷”でまどろむ人類を襲った未曾有の危機。太陽系外縁の信号源に向け、一隻の宇宙船が派遣される。乗組員は吸血鬼、四重人格の言語学者、感覚器官の大半を機械化した生物学者、平和主義者の軍人、そして脳の半分を失った代わりに特異な観察力を得た男。テッド・チャン推薦、「意識」の価値を問う次世代ハードSF!
http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488746018
テッド・チャンの解説目当てに買った本。大当たりだった。吸血鬼は人類の進化した種で、脳が人類よりも発達しているが、その結果として自然界に存在しない直線で構成されているため十字架を見ると発作が起き、十字架に弱い設定があり、吸血鬼の特徴をうまいこと人類の進化バージョンであるからという風に持っていてしまい、なんだこれ!って持ってかれた作品だった。上巻と下巻にわかれていて、上巻のみだと少し面白みに欠ける部分があると思うんだけど、知性で殴ってくるタイプが好きな人は、下巻も読みましょう。
イアン・マクドナルド「旋舞の千年都市」
犠牲者ゼロの奇妙な自爆テロがすべての始まり!? テロ以降精霊が見えるようになった青年、テロの謎を探る少年探偵と老経済学者、一大ガス市場詐欺を企むトレーダー、伝説の蜜漬けミイラ「蜜人」を追う美術商、ナノテク企業の売込みと家宝のコーラン探しに奔走する新米マーケッターの6人が、EUに加盟し天然ガス&ナノテク景気に沸く近未来のイスタンブールを駆け回る。英国SF協会賞・キャンベル記念賞受賞、魅惑の都市SF!
http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488014506
邦訳タイトルがとてもよい。現代だと「ダルヴィッシュの館」であんまり面白みがないんだが、その前に翻訳された「サイバラバード・デイズ」とうまい対応をしたタイトルになっている。イアン・マクドナルドはSFだからこそなせる情景の描写がとてもうまいと思う。今回だとサイバーパンキッシュなイスタンブールだし、「サイバラバードデイズ」だとインド。エキゾチシズムがうまいこと作用して、アジアの幻想的、精神的な世界観とサイバーパンクな部分が見事に混ざり合って大変魅力的。話は群像劇で、名前を覚えるのが大変なところはあるが、解釈に時間が掛かるような感じではないので、一気読み推奨。
菅 浩江「誰に見しょとて」
東京湾に新設された超巨大フロート建造物〈プリン〉のメインテナント〈サロン・ド・ノーベル〉には美容に関するすべてが収められていた。理想の化粧品や美容法を求めて彷徨う"コスメ・ジプシー"たる岡村天音は、大学の先輩が生まれ変わったような肌をしていることに驚く。
彼女は"美容+医療"を謳う革新的な企業コスメディック・ビッキーの〈素肌改善プログラム〉を受けたというのだが……。
やがて〈ビッキー〉はアンチエイジング、身体変工などの新商品を次々発表し、人々の美意識、そして生の在り方までを変えていく――
http://www.hayakawa-online.co.jp/product/books/124666.html
題材自体の面白さ、読みやすさ、話としての面白さ、すべて揃った最先端ポストヒューマンSF。SFマガジンに連載されていた当時からすごく好きなシリーズで、発売直後に買った。「美しくなりたい」という思いから人間の身体の拡張・改造が発展し、価値観に変化をあたえていく様を描写している。全人類的視点、サイエンティストの視点、またはエンジニアの視点から人間の進化を扱うのがSFの視点の典型なのに対し、「美しくなりたい」という視点から語られるのがポイントで、どうしても前者の視点達というのは訓練が必要になるゆえの遠さを持つのだが、「美しくなりたい」というのは「人からよく見られたい」に言い換えると、人間が他人と関わるとほぼ必ず持つ欲望と言え、すごく身近な場所が出発点となる。化粧と捉えると今は女性しかしないことになっているが、男性も髪を切るので、身体をつねにいじっている。そこが発展していくとポストヒューマンじゃない?っていうのは、視点としてとても斬新で面白かった。時代が進む毎に身体改造の価値観が変わっていくというところなんかもよい。
今僕が研究していたり作っていたりするものはこの辺りと同じ発想があるので、そういう意味で個人的には指針ぽくもある。
谷 甲州「星を創る者たち」
事故はつねに起こる。最悪の危機を回避するのは、彼ら宇宙を拓く現場の者たち……待望の宇宙土木SFシリーズ、驚愕の書き下ろし最終エピソードを加え、25年の時を経てついに完成。
月の地下交通トンネル、火星の与圧ドーム、水星の射出軌条、木星の浮遊工場……太陽系の開発現場で前例のない事故が起こるとき、現場の技術者たちは知恵と勇気で立ち向かう。驚愕の太陽系創造神話、誕生。
http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309622224/
土木SFとして最高峰。エンジニアの端くれとして楽しく読んだ。太陽系の地球以外の場所での土木工事を事故対応を通して描写していくんだけど、どれもそれぞれの場所に応じた構造を作ろうとして、それぞれの場所ゆえに起きる事故に対応していくことで、ただ建設しているだけでは見えてこない地球とその場所の違いが描写され、そこでリアリティがグッと増している。例えば「メデューサ複合体」という短編は、木星の浮遊工場であるメデューサ複合体で起きる事故を扱うんだけど、このメデューサ複合体、木星自体の大気に浮いている超巨大プラットフォームで、それがタコマ橋が崩壊した時とおなじ現象が発生し……というお話。メデューサ複合体が浮いてるのは、木星大気から直接水素とヘリウムを取り込んで燃料に加工する必要があるからなんだとか。これらの事故対応をした人間やシステム、はたまた事故原因が最後の短編で繋がるのもまた宇宙土木工学で、きれいにオチがついている。
楽しいけど読むの大変なSF
グレッグ・イーガン「白熱光」
はるかな未来、150万年のあいだ意思疎通を拒んでいた孤高世界から、融合世界に住むラケシュのもとに、使者がやってきた。衝突事象によると思われる惑星地殻の破片が発見され、未知のDNA基盤の生命が存在する可能性があるというのだ。その生命体を探しだそうと考えたラケシュは、友人パランザムとともに銀河系中心部をめざす! 周囲を岩に囲まれ、〈白熱光〉からの熱く肥沃な風が吹きこむ世界〈スプリンター〉の農場で働くロイ−−彼女は、トンネルで出会った老人ザックから奇妙な地図を見せられ、思いもよらない提案をもちかけられるが……現代SF界最高の作家による究極のハードSF。
http://www.hayakawa-online.co.jp/product/books/235012.html
イーガン!2013年最大の話題作だけど、2013年中には読めなかった。Twitter見ると約3ヶ月かかって読んでた。イーガン作品の中でも歯ごたえがある方。
白熱光、科学史をイチから作っている上に物語として面白く作られていて、それでいて大半の読者が誤解する難解さ。イーガンなのにリーダビリティが高いけどやっぱりイーガン!っていうところが最高だった
白熱光読み終わったんだけど、著者のあげるよくある4つの読み間違いすべてを踏んでてぐうって感じ。文系なので作者の気持ち考えられるはずなのに……
参考リンクなど
より詳細な書評などをまとめておく。出てきた順。ほぼ冬木さんのブログだけど。
ブラインドサイト by ピーター・ワッツ - 基本読書
旋舞の千年都市(創元海外SF叢書) by イアンマクドナルド - 基本読書
http://www.webdoku.jp/newshz/maki/2013/11/19/210442.html
星を創る者たち by 谷甲州 - 基本読書
白熱光 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ) by グレッグ・イーガン - 基本読書