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『エピローグ』円城塔史上、最高傑作

読書部 SF

エピローグ (早川書房)
早川書房 (2015-09-30)
売り上げランキング: 2,292

読んでる途中の感想

円城塔先生の最新刊のエピローグは表紙がハーモニーと同じシライシユウコ先生で、人格をブランチ切ってバージョン管理したりパッケージマネージャでインストールしたりイグジステンスアズアサービス(EaaS)でクラウド管理したりする楽しい小説です
https://twitter.com/qt_fb/status/649825431135227904/

あらすじ

オーバー・チューリング・クリーチャ(OTC)が現実宇宙の解像度を上げ始め、人類がこちら側へと退転してからしばらく―。特化採掘大隊の朝戸連と相棒の支援ロボット・アラクネは、OTCの構成物質(スマート・マテリアル)を入手すべく、現実宇宙へ向かう。いっぽう、ふたつの宇宙で起こった一見関連性のない連続殺人事件の謎に直面した刑事クラビトは、その背景に実存そのものを商品とする多宇宙間企業イグジステンス社の影を見る…。宇宙と物語に、いったい何が起こっているのか?
http://www.amazon.co.jp/dp/415209561X

感想

物理学とか数学とかコンピューターサイエンスをネタにSFを書いてきた円城塔だが、ここにきてコンピュータエンジニアリングもネタにしてきた。普段プログラマをしている身ゆえに、それが大変面白かった。あらすじは引用したとおり、宇宙と物語をめぐる冒険で、朝戸連とアラクネのパートがエージェントものとして、クラビトのパートはミステリとして進んでいく。
この引用したあらすじ、本当に良く出来ている。というのもこの作品、そもそもあらすじをまとめるのが大変なのだが、最終的に確かにこのあらすじのとおり、(この物語における)宇宙と物語の成り立ちにたどり着く。物語をテーマとしたメタフィクションとも言える。主人公たちはしょっちゅうメタに走るし、そもそものこの物語中の宇宙の仕組みが層宇宙と言って、シミュレーション宇宙が何枚も重なっているものとなっている。さらに話はバラエティ豊かなネタをごった煮にしてあっちこっちに詰め込んだ複雑なものになっていて全容は一読しただけでは中々把握しきれない。終盤ではタイポグラフィックな表現まで使われる。しかし、それら多様でかつクオリティの高いネタたちはうまくまとまって最終的なオチに繋がっているのだ。

コンピュータエンジニアリングネタ

最初に貼ったTweetでも書いたとおり、プログラマの人間が普段使うツールがガンガンネタとして差し込まれている。ほとんどこじつけみたいなかるーい使い方から、物語の根幹に関わる使い方まで、使われ方は様々なのもまた楽しい。

人格のスケールアウト

宿命的にスケールアップの望めない人類としては、スケールアウトに縋るしかない (p.40)

攻殻機動隊2で荒巻素子が草薙素子との戦闘中、支援AIにどうしてブタにヒトの脳をつけてクラスタ化させるのが面白いのか?って聞いてAIたちは出力が多様化するからって答えたヤツだ!!!

攻殻機動隊 (2)    KCデラックス
士郎 正宗
講談社
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パッケージマネージャによる人格の管理

4章冒頭(p.101)で、刑事のクラビトが自分自身を構成するソフトウェア*1のパッケージマネージャから数学をインストールするよう迫られて、なんとか数学をインストールせずに済ませようとする。OpenCVインストールしようとしてPythonダウンロードさせられる、あの気持ちですな。

オープンソース連続殺人事件のメンテナ

「わたしはこの連続殺人事件の五代目のメンテナです」(p.114)

エピローグ自体もきっとバージョン管理されてるので、文庫化する時とかにGitHubに上がってきたりしそう。

イグジステンスアズアサービス(EaaS)による存在のクラウド

イグジステンスアズアサービスが実現する前に、エージェントアズアサービス、プラネットアズアサービス、ユニバースアズアサービスというサービスが実現済み。イグジステンスアズアサービスを使うと他の宇宙に存在することが出来るのだが、利用方法はなんとコマンドラインからなのである。

表紙

ハーモニーJコレクション版の表紙も手がけたシライシユウコ先生による表紙がとってもよい。これ、ある場面を切り取ってるんだけど、その場面の再現率は100%でかつ見た目にも素敵な絵になっている。さらに場面のみならず作品全体の雰囲気とも呼応していて、これ以上の装画は存在し得ないのではないか。

まとめ

個人的には全ての点で満足していて、今年最高の小説。この感想を書くためにあらためて読み直してたのだけど、無駄に思える描写が全然なく、初期の円城塔の小説で感じた無駄に繰り返してる感がないし、描写自体も美しい。それでいてちゃんとストーリーが存在し、そこにぶっこまれるネタも楽しいものばかり。すっとぼけた登場人物たちのやりとりもよい。

読むのを薦める対象とあるとよい前提知識など

円城塔ファンは迷わず買うべき。コンピュータのエンジニアで「物語」の構造みたいなものにも興味を持てる人にもおすすめできる。逆に言うとそこに興味を持てないと厳しいかも。
宇宙の多世界解釈あたりの話は他のSFとかで馴染んでれば良い程度ではあるけど必須。後は人類を文字を処理するオートマトンとして書いてたりするんだけど、オートマトンの説明なく書いてくるので、コンピューターサイエンスの知識があるとより楽しめる。数学、物理学についても実は説明なく書いてて僕が読み取れてない可能性あるので、その辺も知識あるとよい。『Self-Reference ENGINE』を読んでおくべきみたいな意見を見かけたが、特に繋がりがあるわけではないのでそんなことは一切ない。

*1:この時代、人類はエージェント(ソフトウェア)なのだ