「が」が無い

外食に行ったら、「が」が落ちてた。ひらがなの「が」が。なんで「が」が落ちてるのかなと連れに聞いても、ちょっと不思議な顔してどうしたの?って聞かれたから、あー、僕のあたまがおかしいのかなと保留しといた。


店員に案内されて席に着くまでの間、通路のあちこちに「が」が落ちていた。「が」が。レジの側とかレジ越しに見えた厨房にも落ちてたけど、席には落ちてなかった。


奥の窓際の席に座って店員がメニューを置いて去った途端、連れが口を開いた。
「緊張でもしてるの?」
「……え?」
「落ち着きないんだもん」
「ああ、ごめんごめん」
どうやら僕はあまりにもキョロキョロしていたようだ。


連れがテキパキと注文を終えたときに、店内にはまだ他の客がいないことに気づいた。5時だったので当たり前だけど。「が」は消えずに残っていた。


運ばれてくる料理はどれも値段相応なもので、そこそこの満足感が得られた。酢豚を食べ始めたとき、店内は結構な人数が入っていた。やはり少しの喧噪があるほうが外食はいいなと思っていたら、僕らのすぐ後に来た幸せそうな家族が帰り支度をしているのに気づく。子供たちが早く帰りたがっているようだ。


母親が左手で小さい娘の手を握り、右手で財布を持ってレジに立つ。それに気づいた若い女性店員が「ありがとうございましたー」と言いながら、持っている盆を置き、レジにむかう。その店員の声を聞いて、今風な男性バイトが「ありっとうございましたー」と料理を運びながら叫ぶ。その瞬間、そのバイトの口から「が」がこぼれだした。「ありっとうございましたー」は厨房のバイトや、他の店員からも繰り返され、その度に「が」が店員たちの口から飛び出し、落ちていく。落ちた「が」を店員は何食わぬ顔で踏んづけ、その度に「が」は消えていく。つまりさっき落ちてた「が」はお昼時に残った「が」だったのだ。


僕はこの光景が楽しくて、連れが会計する間に密かに「が」を触ってみた。「が」はちょっと体をくねらせ、猫撫で声としかいいようのない音を発し、濁音の部分で犬のように尻尾を振った。僕は「が」をコートのポケットに入れて、連れの運転する車に乗り込んだ。