宮内悠介『偶然の聖地』 ─ 法螺の縦横無尽な炸裂

偶然の聖地

偶然の聖地

宮内悠介氏の最新長編作品。偶然によってしか辿り着けないパキスタンのトライバルエリアの奥*1にある謎の山「イシュクト山」を4組のバディが目指す旅の話、あえてジャンルで言うならSF幻想オブジェクト指向メタフィクションミステリだ。メタパートは本文に300以上付いているという註で構成された変な小説だが、変な作品になればこそ著者の才能が爆発すると見えて、宮内悠介氏の長編作品の中でベストの面白さになっている。

元々本編にはあまり意味のない形での妙なリアリティ(組み込み開発のデバッグ風景とか)を詰め込む人で、本書だと「メタフィクションにおけるダイヤモンド継承」「メタフィクションにおけるコンポジット・パターン」などの章題を並べて伝わるだろうか……?伝わるのか?ソフトウェア開発において確立された手法であるオブジェクト指向メタフィクションに応用し、能力者バトルに使っている。UMLがめっちゃ出てくる。例えばこれとか。

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メタフィクションのクラス図

また、プログラマ定番のデバッグコメントが出てきたりする。本書287ページから引用。

//ここを消すとなぜかインド亜大陸が消える

こういうところが面白い作家なのだが、その人格の面白さ(Twitterも面白い*2)がメタフィクション、大量の註、そしてそもそもはエッセイとして頼まれた文脈にSFや幻想小説の自由さが話自体を拡張し、終盤にきちんと跳ねてカタルシスが来る。ここが重要だ。

というのも、正直に言って氏の他の長編は、中盤までは非常によく出来ていて、最後もきれいにまとまるが、どこか斜めに終わっている印象があり、読んでる途中はすごく面白いが読み終わってみるとちょっと頭をひねりがちになることが多かった。これまでそれが連作短編による形式のせいだと思っていたのだが、どうも違ったようで、物語の形からして普通のものとは違った形に加工しないとハマらなかったということなのだろう。

掲載誌『IN POCKET』自体の休刊もまた、本書の文脈にひとつ面白さを重ねていて、この本自体が偶然出来たものの象徴で、『偶然の聖地』というタイトルの収まりの良さには、きちんとハマりすぎてて笑ってしまう。ということで変なフィクションを求めるプログラマに一押しだ。なお本書は特殊な書き方で電子書籍のリフローに対応してないので紙の方がオススメ。