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簡易文章言語

日記

 今日考えたのは、文章て文章である必要あるのかなということ。特に論文とかは一定のルールを備えた箇条書きでいいんではないか?文章に専用のルールなりガイドラインを作るならもう文章である必要はないんじゃないの?と考えてた。
 文章のひとつひとつの文を、厳密に一文一意にして切り出すと、箇条書きになる。そしてそこにそれらの文の繋がりが間に挟まれて文章になってる。その「文を繋げる要素」は、文と文の間の関係、文の文章に占める役割なんかを規定している。この「文を繋げる要素」は基本的に And But Because ぐらいだと思う。論理的に書ける。
 そのように分解すると、文は箇条書きにして「文を繋げる要素」を記号化したほうが、見易くて分かり易くなるのではないかという妄想をした。まとめると、言文一致は書き言葉に関して不利なのではないかということ。書き言葉と話し言葉を一致させる必要は役割上無いものなぁ。
 将来のアメリカ英語はこの方向になる可能性が強いと勝手に思っている。日本語はまぁ、きっとそうはならない。日本語は話し言葉に乗っ取られてしまったとか言ってみると面白いかも。