2025年の参議院選挙

「チームみらい」は何を目指しているのか

政党の大切な機能として、「目指す社会像を示して国民に選択肢を提示すること」があると思うので、国民の皆さんが示してくださいは責任転嫁に見えますけど

2025/07/19 01:53

人気コメントに入って承認欲求が満たされたので、さらに書いておくかと思ったけど、書きたいことは実は去年の都知事選のときにすでに書いてて、安野氏個人からチームみらいになっても変わらなかった。チームみらいに入れておくか迷っていてかつ反対意見も読んでみるかて感じの人にオススメです。

kuma.hateblo.jp
ちなみになんですが、政策重視第三極だった「みんなの党」から出た塩村あやか氏とおときた駿氏は、それぞれ立憲と維新に分かれて東京選挙区で参議院議員の現職と元職*1で戦ってます。

で、まぁ今回の選挙お前はどうするねん?って言われると、生きていくうちに結構保守化*2してきたなぁて感じで、日米同盟って破棄できないしでも左翼だしってくらいだから選挙区は立憲の塩村あやか氏でいいでしょう。では、比例は?となると石破首相のまともさを評価(安倍・菅路線を支持しない)して自民に入れようと思ってた。しかし、参議院の全国比例って大選挙区の人気投票だから、組織かワンイシューで票を固められる人の戦場で、自民党は幅広く極右を取り揃えてて、ここからどう選ぶねん!!!と、キレてたんだけど、最近まで立憲から出てた斎藤りえ氏がなぜか自民から出ているからそれでいっかて感じですね。ただ、福祉関係の方って反ワク的なところにハマるから心配で、かつて私は川田龍平に票を入れたことがあるので、これもまた過去の過ちですね。

*1:当選は同期、おときた氏が衆議院選挙に出て失職だが1年以内の選挙で再度自分がもともと居た地位を目指すのってどうなんですかね……

*2:あとで書く気がする

『日本企業はなぜ「強み」を捨てるのか』アジャイルを調べたら必然的にたどり着く日本の凄さを説明しれくる本

スクラム含むいわゆるアジャイルの源流には、トヨタ生産方式と「The New New Product Development Game」という論文の、2つの日本が源の概念が存在している。そして源流の中でも影響力の大きい概念として存在している。しかし、ちゃんとスクラムの本読む人は少ないのか、あまりみんなそちらを読み込もうとせずに、ひたすら欧米から来るトレンドを追っている印象がある。そんなときにこの本を差し出すと、どう日本発の概念が欧米でメソッド化し、それが逆輸入されたかを事細かく説明してくれるので便利だ。

著者は経営技術という概念でそのあたりを整理するが、あまりこの整理の仕方はピンとこない。経営技術は著者いわく「経営に関する手法そのものと、その手法自体を生み出すための実践的な思考フレームワーク」としていて、経営技術のひとつに「QRコード」を事例に出しているのだが、これがイノベーションなのは分かるが思考フレームワークかというと謎。QRコードはQRコード決済というソリューションを生んだが、トヨタグループ自身がQRコードと決済を組み合わせたわけじゃないですし……。

日本は面白い経営の実践をしているが、コンセプト化が下手でアメリカにやられていて、自らの優れた経営技術をコンセプトの形でアメリカから逆輸入する羽目になっている、というのが著者の主張で、ここは同意出来る。あとニデックの会長あたりが言ってた主張な気がする。そもそもコンサルティングファームというものが、貿易摩擦時に日本企業の経営の強みを学ぶために作られたフシがある、と著者は書いていて、ここも面白い部位。

で、著者は経営技術のコンセプト化で、日本は負けているが、ここで勝つことも出来るはず!勝てるようにしていこう!と主張している。同意できない場所だ。日本がハイコンテクストな社会で、アメリカがローコンテクストな社会だからアメリカの方がコンセプト化が強いんだ、と主張しているのに、勝てると言ってるのが謎で、そんなのは得意なアメリカに任せた方が良い。どちらかというと、その下部構造の違いを活かした分業でええじゃんと思う。

そもそも欧米はロゴス優位(過去記事↓でちょっと書きましたね)で、言語と絵だったら言語が知的階級が使うべきものとされている印象がある。国際学会に出たときに、簡潔な文字だけの欧米のスライドと、豊富な画像、図で示す日本のスライドの違いがあった。日本人は英語が不得意だから絵を使う、と日本では解釈されがちだが、絵で示したほうが良い事例は大量にある。というか、大体の情報は絵で示すべき、というのがデザイン世界の結論で、サインシステムという形で世界に普及している。オライリーのHead Firstシリーズという存在そのものが、逆説的に欧米の言語優位の状況を物語っている。日本では技術書にイラストを使うのは当たり前で、その上の漫画にならないと特別なシリーズにならないからだ。
kuma.hateblo.jp

まぁ、というわけで言葉で考えるのが好きな人たちにコンセプト化は任せたらええんちゃいますかね。あと、著者も書いている日本人の実践が優れているという話、これも文化的差異から生じているんじゃないかと思っている。つまり、コンセプトを発信したら、それを実行出来る人の多さゆえ。ここの肌感覚の違いが、ブルーカラーへの信頼の違いとなって、現場を信頼するトヨタ生産方式と信頼しないMBA的管理メソッドの違いを生んだじゃないですかね。トヨタ生産方式がなかなか欧米の製造業で浸透せずに、ソフトウェア世界に転生していったのはソフトウェアだと現場がホワイトカラーだから信頼出来て……という悲しい現実があるんじゃないかなぁ。世界はそういう文化の多様性があってそれはそれでオモロなんで、別に埋めたり追いつこうと頑張ったりせずに、得意な部分で伸ばしていけばいいとちゃうかな。まぁ、現場を信頼して自ら考えて動いてもらう日本式のほうが個人的には好き。ジョブディスクリプションにないから働かない欧米式はちょっと仕事の本質を無視していて嫌ですね。

『ロシアトヨタ戦記』ロシア社会がビジネスを通して見えてきて面白い

ロシアがウクライナに対して侵攻し始めた頃、本屋で見つけて買った。少し寝かせて最近読了*1したのだが、トヨタの内情、ゼロ年代のロシアとその周辺地域事情、プーチン周辺の具体的な動き、トヨタ車の揺るぎない信頼ブランド、トリビア、ロシアの闇、世界情勢、そしてロシア人たちが少し情緒的に過ぎるが描写力豊かでかつ教養溢れる筆致で書かれた面白い本だった。

著者は長銀のコンサルでウクライナで長年活動し、キーウの日本大使館で働いてたりもした人物で、ロシアトヨタの社長としてロシアに赴任するのだが、外交官としてのスキルとトヨタマンとしてのスキルで様々な問題を切り抜けていき読者を飽きさせない。

先に言うと、当然悲しい本である。ロシアによるウクライナ侵攻開始の1年前に発売されたわけだから。しかし、今本書を読んだところ、答え合わせかのようにロシアをウクライナ侵攻に走らせた下部構造とたまに浮かぶ上部構造としての事件が織り込まれており、日本から外側を見ているだけでは不可解な動きに、もしかしたらこういうことか?と了解することが出来る。本書から読み取れるのは、現在のロシアは戦前の日本に近い社会構造、情勢であり、日本に生きるものとしてはむしろ馴染み深い感覚だ。

この本が悲しいのは、汚職が蔓延り、人が人を信じず、同僚と助け合わない未成熟な社会を、せめて自分の会社ではまともな他者を信じ、助け合い、人に投資する社会にし、将来ロシアが成熟した社会になることを信じていた著者の態度が裏切られてしまったことなのだ。

著者はロシアがよくなることを信じていたわけだが、ロシアのヤバエピソードは本書のさまざまな箇所に散りばめられており、明確にリスクであると言及する場合もあり、今回の戦争の伏線のようになってしまっている。信じたい気持ちと目の前の事実から推測されるヤバさの狭間で書かれているのは十二分に伝わる筆致だ。

トヨタの世界進出の仕方

ゼロ年代、トヨタは一気にグローバル企業になった。ロシアでトヨタはどのように成長し撤退したか、を端的に示すとこうなる。

中古車マーケット+部品→非正規のディーラー(ディストリビューターは国外)→ディストリビューターの進出(=正規のディーラー)→工場進出→撤退

ディストリビューターの進出に大きな壁があり、進出出来るのはある程度社会が安定している状態らしい。著者が赴任した当時、最初のディーラーとの取引条件はドルでのキャッシュオンデリバリーで厳し過ぎ。HUBじゃねぇんだぞ!てなるよね。

よもやま話

  1. ブリュッセル視線
    • 当時のトヨタのヨーロッパ統括はブリュッセルで、ロシアは地域的にヨーロッパの傘下にあったのだが、上から目線でとにかく売りまくって稼いでこいという姿勢があったらしい。なんともブリュッセル地味たエピソード。
  2. 大陸ならではの流通
    • 日本からならウラジオストクからのほうが近いじゃんだが、極東が田舎すぎてフィンランド経由のほうがマシだったらしい
    • サンクトペテルブルクから直接引き上げないの?ってなるが、ロシア国内の治安が悪すぎるからフィンランド経由にせざるを得なかったらしい。やばすぎ。
    • カザフスタンなど旧ソ連圏はロシアから車を供給するほうが、言語、文化、商習慣が似ていて道路も発達しているから良いらしい。大陸って面白いね。
  3. ユーコス事件
    • プーチンが石油会社のCEOを脱税容疑で逮捕し、会社は解体し国有化、CEOはシベリア送りという事件が2003年にあったのだが、そんな大統領の国に進出ってどうなんだとケチを付けた人がいたらしい。慧眼である。出世してい欲しいものだ。
  4. 大政奉還
    • 著者はトヨタ家への大政奉還前の会長とツーカーだったんで、結構そのあたりの事情を感じなくもない。
  5. ロシアメーカーの人間も認めるランドクルーザーの圧倒的信頼性
    • ロシアのSUVメーカーであるUAZを視察したら、うちの車は信頼性ないから吹雪の中必ず2台で動くんですって言われる
  6. トヨタの社員、結構トヨタ生産方式理解してない
    • トヨタ社員で、かつトヨタ生産方式の研究者によるド直球の本でもそうだったのだが、こちらの著者もトヨタ生産方式の理解甘いなって感じで、生産や開発部門じゃないとトヨタ生産方式って教えないっぽいですね

*1:実はこれを書ききったのは1年以上経っているのでもう最近じゃないけど今更直すのも面倒で……笑

『失敗の本質』自分たちの組織論の正しさを言いたいがために戦史をこじつける感が否めない

タイトルが結論なんだけど、巷でいうほど名著かというと、そうでもないと思う。どっちかというと著者たちの狙いとは違って戦犯探し*1に利用されてしまったのかな?て印象がある。

難しい本だった。戦史の専門家ではなく、組織論の専門家たちが書いたはずなのに、注釈なしに戦争関連の専門用語?使われるのは謎だった。まぁググれば良いので今時なのかも。あともしかしたら出版当時は戦後それほど時間が経ってなくてそれらは常識だったのかも。

本題

本書の最大の問題点は、組織論としての正解が存在していて、旧日本軍はそうではないからだめと言っているこじつけ感があるところである。つまり、旧日本軍の組織的失敗を検証し、それを組織論に昇華したのではなく、どちらかというと先に作っていた組織論でケーススタディやってみたのをまとめた感である。

著者の1人はスクラムの源流の片割れ(もう片方は米軍での経験)である論文の著者であり、そのさらに源流が遡れると思ったらそうではなかったのでがっかりだった。しかし、正解を出すならそれの詳細を先に書いても良かったのでは。途中日本軍と米軍の違いという形で出していたが、あまり良い構成に感じなかった。

組織論を知りたいなら、普通にスクラム読んだほうがよい。

細かい点で言えば、中央と現場の方針の行き違いに関しては、それはいわゆる「戦場の霧」というやつで、防げなくない?感もある。もちろん明確に戦略目標を掲げ、それを全体に徹底したら問題ないというのが本書の立場なのだろうが、それってかなり難しいことだよね……。

日本の大組織の性質は旧日本軍の性質を引き継いだだけと分かって辛い

辛い本ではある。自分が身をもって知っている日本の大組織の性質が、そのまま旧日本軍にあったことが分かる。しかも、それこそが大量の人命というリソースの損失につながっていたというのが本書の分析。

例えば、日本軍のトップ、陸軍参謀総長や連合艦隊司令官、そして首相は、長期の戦争をアメリカ相手に出来ない見通しを持っていた。感情的な主戦論に負けて、もしくは配慮して、戦争そのものの目的が曖昧で、さらに作戦の目的も曖昧になっていってしまった。そして短期決戦志向は、戦略的重要施設の破壊を行っていないことで、米の素早い反撃をうけることになった。もし太平洋で緒戦のうちからそのようなことが出来ていれば、米側の戦争目標の修正を強いて有利に講和出来ていた可能性は否定できない。

また、山本五十六の空母を中心とした航空戦力主体の戦い方は、現代においてもそのまま引き継がれる程の革新性があったが、それを手の内化出来たのは、敗北からその戦術の有効性を見抜き方針転換を果たした米軍であった。愚かな大日本帝国海軍と陸軍は出来なかったし、山本はその用兵の有効性を元に軍を再編することを提案はしなかった。と、本書は批判している。しかし、軍上層部は置いておいて山本に限った場合、同情の余地を感じなくはない。

学校の成績が重視され、派閥による人事が横行し、信賞必罰はなく、敗北しても情熱が評価されてむしろ栄典し、その人間関係の中で上に気に入られた人物による下剋上が起き、下士官たちとのコミュニケーションを拒否する作戦指揮官がいるような世界で生きていたら、よほどのコネや飛び道具がない限りは組織の大改変を提案することは出来ないだろう。しかもこのような世界の片鱗は、今も日本の大組織の中にあり、自分がそれを体験したことあるから山本の気持ちも分かってしまう。

ちょっとした希望

一方で希望でもあるかもしれない旧軍の特質は戦後日本の企業にも引き継がれていて、それが戦後の平和な社会でのインクリメンタルな製品開発競争で優位に働き、日本経済の繁栄がもたらせられたということだ。つまり、少し方向性を変えたところにトヨタ生産方式=リーン生産方式がある。そんな印象がある。

文庫版後書きに、組織が継続的に環境に適応するには、戦略・組織を、環境含めた新たな枠組みの認識のもとに革新する必要があり、つまりそれは新たな概念の創造であり、それは我々(日本人ということだろう)は最も苦手だ、とある。これは学生とか愚かなライターが冒頭に「今はVUCAの時代で〜」と書いて既存の事業を捨ててイノベーションが必要とか書くのと同じ印象がある。そのようなイノベーションが出てくる局面って、分野ごとに10年に1度あるかないか程度じゃんって思いません?

とかく、日本人は(特に平成中期ぐらいまでは)欧米と比較した時の日本の特殊性をダメと言いがちだが、世界全体が発展した今、別にそれはただ文化が違うだけだったのではないか?そしてその文化の違いはリスペクトされるべきものであるという状態になっていると思う。

よもやま話

ところで、ケーススタディで既視感をずーっと覚えていたのだが、これ銀英伝からでしたね。登場人物のセリフ、地の文のどちらからも相手の失敗を分析するときの感じがそっくりで思わず苦笑い。

*1:東京裁判的な意味ではなく、ね