●内容:
『クロックワーク・ロケット』を皮切りに、SF作家イーガンの宇宙SF三部作が開幕! ということで、その第一作目である『クロックワーク・ロケット』刊行を記念して、イーガンの描く世界を皆さまとともに楽しみたいと思います。
http://www.din.or.jp/~smaki/smaki/SF_F/
Webサイトでは『中村融さん(翻訳家)、板倉充洋さん(理系研究者)』の2人が出演となってるが、イーガン作品のメインの翻訳者である山岸 真さんもいらっしゃって、むしろメインでお話をする形に。イーガン作品の翻訳は、この日に出演した3人によってなされているので、イーガン翻訳者のオールスターというわけだ。参加費500円でこんな豪華なゲスト……ありがとうございます、という会だった。
SFファン交流会2016年3月例会「イーガン世界を読み解く」 - Togetterまとめ
Togetterで大体の内容はまとめられてるんで、出てないところを中心にざっくり自分が面白かったところを書いてみる。→ 以降は僕の感想である。
山岸さんのお話
- アメリカのSFはスリップストリームやライトなのが主流。アメリカでイーガンの出版はあまり芳しくない……。イギリスはちょっと違う
- → アメリカでイーガンは人気無いってやつだ!やっぱそうなのかーて思いました。
- 翻訳するときに会ったりメールもしていない
- → 分からないところは聞いてるのだとばかり……。一切連絡取らない翻訳ってあるんですね。
出演者全員のお話
翻訳の分担
今まで山岸さんがひとりで訳していたが、今回、中村さんに入ってもらって章ごとで分けて訳した。科学的な部分は板倉さんが下訳をして山岸さんがそこから翻訳。
その他
- 「イーガン、訳すもんじゃないですよ」
- イーガンは文が長く、英語というよりもむしろ日本語に近く、オーストラリア英語なのかイーガン独自の表現なのかかなりクセがある。
- ex. "be going to" を "will" のように使ったりする
- → 『ゼンデギ』でなんだこの読みにくい文の連続はって思い、改めて他の作品読んだらそこまででもなかったので、そのへんの違いも気になりました。質問すればよかった……。
- プロット上なくてもよいものをいれがち
- 仮説めっちゃ立てるけどばっさり切る
- ex. 『クロックワーク・ロケット』ヤルダの宇宙漂流シーン 第17章(紙版ならp.440)
- 「物理を学んでないと宇宙で死ぬ」
- リアリティのためにいれているのでは
- → 僕は一応エンジニアとして、こういう問題解決のために右往左往するも変な方向から解決したりするってことを多々経験してきたので、リアリティが増すというかむしろこういうくだりがないと不自然に感じます。問題をポンポン解決するな!というか。
- ex. 『クロックワーク・ロケット』ヤルダの宇宙漂流シーン 第17章(紙版ならp.440)
- 仮説めっちゃ立てるけどばっさり切る
- 数式を文章にして出すのやめてほしい
- → たしかにw
- 2巻はつらい。3巻は面白い
- 1巻冒頭のおとぎ話と2巻は関係がある
- 〈直交〉三部作は電子がない世界だがそれに直接言及していない
- → この世界なんでコンピュータないんだと思ったらそういうことだったとは。
- 水もない
- 海、雲、雨がなく、血が流れない
- 翻訳上、宇宙船という言葉が使えない
- 言葉の頻度リストを作って古典的な作品のそれと比較することで上記の特徴(電子がない、水がない)が見えてくる
- → テキストマイニングしないと翻訳できないって……笑
- 〈直交〉宇宙における相対性理論は『白熱光』でまちがえて見つかったやつになっている
- → そんなことになっていたとは……これに気づける人世界に何人いるんですかね?
- イーガンいわく〈直交〉三部作の社会のジェンダー観は現実のそれのメタファーではない
- → 今回イーガンの長編で最も現実に近いジェンダー観だったというか、ヤルダの扱われ方とか一部書き直したらそのまま現実で起きてるセクシャルマイノリティの受難なので、それはないだろって思ったし、白熱光のようにメインの話にあんまり入ってこない形にできたはずって思うと、やっぱりそれはないだろって思うんですよね。
- 女性に女言葉を使う理由は2巻の最後で分かる
- 名前がイタリア系なのはイタリアでイーガンが人気だからサービス?
- → アメリカでは人気が出ず、イタリアと日本で人気なイーガンってなんなんだ。
おわりに
楽しい会でした。出演者の方、運営の方、ありがとうございます。
板倉さんによる〈直交〉宇宙の物理学講座が、プロジェクタとの接続が悪くてなかったんですが、公開された資料見てもやはり難しい……。最後のスライドの楽しげな雰囲気は伝わってくる。
資料 - JGeek Log
数式を文章化したり、図は出すけど結局わかりにくかったりという話で、iTunes版のインタラクティブなやつ*1とかパランザム名義でアップロードしてるYoutube動画*2とか、その辺の話も個人的には聞きたかったな。質問しろって話だけど。Vimeoには解説動画みたいなのも上がってますよね。ただインタラクティブなイーガンってファルスのルシがコクーンからパージみたいな話になってしまう気も。
Orthogonal / Light on Vimeo
この会終わった時、やたら疲れてて家帰ったらすぐ寝込んで知恵熱かなと思ってたんだけど、次の日もダメでなんかやたら長引いて2週間近く体調悪かったりする。
おまけ
この会に行った所、福本さん*3という方が参加者に『グレッグ・イーガン エッセイ集』の無印から3までの三冊を配っており、ありがたく頂いた。イーガンが自分のサイトにアップしているエッセイを日本語に翻訳したもので、いま検索した感じでは物理的なコピー本としてか存在していない。原文の方はいまでもイーガンのサイトで読めると思う。
『グレッグ・イーガン エッセイ集』収録のエッセイは以下の2つ。
- Born Again, Briefly
- Anatomy of a Hatchet Job
前者は自身の宗教的体験を書いたもの、後者は『白熱光』刊行後の批判に対して理解できないなら書かなけりゃいいだろって皮肉っとものとなっており、どちらも実にイーガンって感じのエッセイだ。イーガンの自己紹介という形になってると言っていいだろう。
『グレッグ・イーガン エッセイ集2』は4つのエッセイと作品刊行年表が収録されている。イーガンは2002年から2006年は執筆をやめておりその理由であるオーストラリアの移民政策に対しる活動についてのエッセイになっている。
- No Sugar
- The Razor Wire Looking Glass
- Letters from Forgotten
- Interview with Greg Egan
最後の"Interview with Greg Egan"に日本のイーガン読者として面白い事実が書いてあった。移民政策に対して活動していた結果、執筆は出来ず、さらに支援のために金も消えていき、"どんどん減っていく貯えと時々入る日本語訳の印税だけで生活"していたいとのこと。自分がイーガンってめっちゃ面白い!!!って読んでたらその印税が抑留されているオーストラリアへの移民への支援になってたとはという世界の広がりを感じるエピソードでしたね。なお、オーストラリアへの移民は中東や南アジア系が多く、イーガンは活動を通じて彼らの何人かと知り合った。その結果として、それらの移民の出身国の中でも科学技術が発展し高等教育を受けた人間の多い場所であるイランを『ゼンデギ』の舞台に選んだそうな。
『グレッグ・イーガン エッセイ集3』は映画評が3つ。
- Avatar Review
- An AI Pal That Is Better Than "Her"
- No Intelligence Required
最後のレビューは"Her", "Ex Machina", "Interstellar"の3つだ。どれもまぁシンプルに辛辣だ。特に脚本の部分に関しては容赦無い。実にイーガンらしい。
とまぁ、とってもイーガンなエッセイ集であり、まとまって出版されると嬉しい。全国1億のイーガンファンのみんなも読みたいよね。
(おまけは2016/07/21追記)
*1:http://gregegan.customer.netspace.net.au/BIBLIOGRAPHY/Ebooks.html#Diaspora
*2:下に貼り付けたやつ、音がめっちゃ安っぽくイーガン先生お手製なのか気になってしまうが音にも意味があるのかも。でも白熱光のムービーと使い回してる気が……